■1.5章|1


 
座席にすわり、膝の上の大きなバスケットの中身を確認しながら、ロウズとヴァッサーゴが楽しそうに心の中で会話しています。
「ゲルダさんたら、こんなに気合いを入れてお昼ご飯を用意しなくてもよかったのに。チップくんはともかく、私たちは不老不死だから、食べなくても平気なのにね」
「きっとロウズのことが可愛いんだろうな。ほら、だって君の好物ばかりじゃないか。
たまごのサンドウィッチに焼きソーセージ、こっちの入れ物にはデザートの木苺まで入ってる」
「ちゃんとヴァッサーゴの好物も入ってるわよ。ブルーベリーのタルト。こっちの包みはチップくんの好物のフライドポテト」
「確認はいいから早く食おうぜ、おなかぺこぺこだよ」
 向かいでバスケットを覗き込んでいる少年姿のチップが情けない声でそんなことを言うので、ヴァッサーゴは苦笑しながらサンドウィッチとポテトの包みを渡しました。
「ありがたくいただきましょう。ゲルダさんに感謝しなきゃね」
「ああ、彼女には本当に世話になった」
 ロウズとヴァッサーゴは、あれから、ある一人の女性のもとで世話になっていました。
 魔女ゲルダ。ロウズの住んでいた町から南にそびえる山の中に彼女は住んでいました。
 優しい味がするたまごのサンドウィッチをほおばりながら、二人は当時の事を思い出します。

 森から抜けた丘の上。そこでアナナスの魂を見つけるという目的は決まったものの、これからどうすればいいのか、二人は悩んでいました。なにせ、ロウズは今まで病気で町の外にでたことなどありませんし、ヴァッサーゴもずっと牢屋に入れられていたので、現代の人間界については知らないことだらけでした。
「もしかして、私たちって赤ちゃん状態なんじゃ……これからどうすればいいのかしら」
「……そのとおりだな。ただ、アテはある。ロウズ、この付近に魔女が住んでいる噂はないか?」
「魔女?……そうね。そういえば小さいころ、アナナスからそんなおとぎ話を聞いたことがあるわ。
 町から南にある大きなとんがり山には魔女が住んでいるって。特徴的に今ちょうど、目の前に見える山だと思うわ。町の人たちはおとぎ話を不気味がっていたけれど、すごく美人な魔女という噂で、アナナスは憧れていたみたい」
 『家の箒にまたがって毎日、空を飛ぶ練習をしている』と真剣に話す、幼い日のアナナスを思い出して、ロウズはくすりと微笑みました。
「魔女の名前はわかるか?」
「たしか……ゲルダ」
「ゲルダ!ああ、助かった。まずはそこに向かうぞ。しばらく彼女のところに厄介になるかもしれない」とヴァッサーゴが言うなり南にそびえる山に向かって走り出したので、ロウズは慌てました。
「え、どういうこと。その魔女と知り合いだったりするの?」
「ああ、そのとおりだ」
「でも、ゲルダは人間界のひとなのでしょう。ヴァッサーゴは魔界にいたのに、一体、どこで知り合ったの?」
「大昔から、魔術を使って悪魔を人間界に呼び出す人間がたまにいる。魔女もそうだ。彼らは悩みや願望を抱えていて、それを解決したり叶えたりするために俺達を使役するんだ。500年ほど前に、たしかゲルダという魔女に呼び出された記憶がある。当時、住んでいた場所はこの付近じゃなかったが」
 そう説明するヴァッサーゴにロウズは驚きました。
「500年前!?」
「ああ、俺は未来視ができるから、その力を使っていろいろ働かされたよ」
「その……それって、ゲルダさんは生きているのかしら」
「魔女の血をひく者はそれぐらい平気で生きるさ。悪魔のように不老不死ではないけどな」
 ロウズは、そんなヒト達がこの人間界に存在する事実に、ただ驚愕するしかありませんでした。
(妖精、天使、悪魔、精霊……いろんなものを見てきたけれど、今度は魔女に会うことができるのね)
 たんなるおとぎ話だと思っていたので、実際、魔女ゲルダが実在すると思うとなんだかワクワクしてきました。
 ふたりは南の山に足を踏み入れます。

 山中を駆け抜けながら、ロウズはふと疑問に思ったことをヴァッサーゴに尋ねてみました。
「ねえ、さっきの会話だけれど。たしか、悪魔は人間界への出入りを魔界の王様に禁止されているのよね。人間や魔女に魔術で呼び出された場合は、こちらの世界へ来ても構わないのかしら」
「人間や魔女の呼び出しには、必ず応じるように王から命令が下されている。
 なぜなら報酬がもらえるから。大抵は血と交換に彼らの願いを叶えてやるんだ。人間界の生き物の血は悪魔の傷を癒す力があるから、天界と戦争をしている王族にとっては必要不可欠なもの。だから、積極的に彼らの願いを叶えて、悪魔たちに血を集めさせているんだ」
 ヴァッサーゴの返答を聞いて、なるほど、と思ったものの、また新たな疑問が浮かんできました。
「じゃあ、なぜ悪魔は人間界を攻めてこないのかしら。人間を奴隷にして血を集めさせれば、もっと効率的ではないのかしら」
「ロウズ、けっこう物騒なことを考えるな。それは俺にもわからない。王だけがその理由を知っている」
 ロウズは釈然としませんでしたが、考えても仕方のないことなので、ひとまず気持ちを切り替えると、後ろを気にしました。
「チップくん、ちゃんとついて来てる?」
「ゼエハア……ちょっと待てよ、速いって。オレ、小さいんだからもうちょっと速度落としてくれよ……」
 精霊姿に戻ったチップが今にも死にそうな顔で飛びながら追いかけてきています。
「ああ、可哀想だわ。ヴァッサーゴ、止まってあげて」
「仕方ない、ちょっと休憩するか」
 ヴァッサーゴが急停止し、それから木の根元に腰を下ろすと、チップがふらふらと飛んできて膝の上にぽてっと落ちました。それからぼんっと白い煙を上げて少年姿になったチップは、ヴァッサーゴたちの膝を枕にして寝ころがりました。
「はー癒される」
「おいこら、慣れ慣れしいぞ」

 ヴァッサーゴが引っぺがそうとすると、ロウズが制しました。
「いいじゃない、お疲れなんだから、そのまま膝枕してあげて」
「ロウズちゃん……君は優しいね!それに比べてこの悪魔ときたら。どうせロウズちゃんに対してもこの数日間、手荒く扱っていたんだろう。
だって髪も服も埃っぽいし、なんだかちょっと匂うし、まともに体も洗ってやってないとみた。レディーに対して失礼なことすんなよ」
「……やっぱり離れてね」
 ロウズの声に温度がないのでヴァッサーゴはいびつな笑みを浮かべつつ冷や汗を流しました。そういえば、年頃の女の子に対して何一つ気遣いが出来ていなかったことに気づきました。
(ゲルダとも会わなきゃいけないし、今の恰好のままじゃまずいよな)
 そう考え、ヴァッサーゴが鼻をならすと、どこからか水の香りが漂ってきました。そちらの方向に目を凝らすと、木々の間からキラキラと光を反射する泉がちらりと見えました。
「ロウズ、泉があるぞ」
「まあ、本当……体を綺麗にしたいわ」
 思わずそうつぶやいたロウズの声を聞いたヴァッサーゴは、やはり、ずっと屋敷で暮らし常に清潔に保たれていた彼女にとって、いまの状況は耐えがたいのだろうと思いました。
「よーし、じゃあ入るか」
 がばりとヴァッサーゴが勢いよくネグリジェを捲りあげるので、ロウズは「きゃあ」と悲鳴をあげました。悪魔とはいえヴァッサーゴは男性。女性のロウズは裸を見られると困ったことになります。
 そんな思考がだだ漏れだったのか、彼は気軽に答えました。
「大丈夫、大丈夫、俺は人間の女の体には興味ないんだ」
「興味ないって……見たことあるの?」
「俺は人の未来が視られるから、よく女の秘密を明かすために人間界に呼び出されたりした。その時に人間の女の裸を覗いたことだってあるんだ」とヴァッサーゴが事もなげに言うので、ロウズはびっくりしました。
「でも、種が違うからなんとも感じなかったな。だから安心しな」
 そうこうしているうちに、全部脱がされ裸になっていることに気づいたロウズは「ああ……」と絶望の声を漏らしました。
 水面に映った自分の裸体を生まれて初めて見ました。

 白い肌になめらかな曲線、控えめだけれどふくらみのある乳房が確かに女性を感じさせ、それを今まさにヴァッサーゴに見られている事実に、羞恥心がこみ上げてきました。
 一方、彼は目を丸くしてじっと水面を眺めています。こんなに美しい人間は初めて見たのでしょう。
「ロウズ、まるで妖精みたいに綺麗だ」と素直な感想を述べるので、今度は顔が耳まで真っ赤になりました。
 のぼせた理由を不思議そうに考えている彼に対して「あなたって、天然なのね」と返すのが、ロウズにとっての最大限の抵抗でした。
 でも不快感はありませんでした。
ジルに見られたり触られたりするのはあんなに嫌だったのに、ヴァッサーゴになら許せてしまえる自分が不思議でした。

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