雑記で連載していたイラストストーリーに加筆修正、挿絵を新たに追加したものです。

■1章|1

 北部のある田舎町にロウズ・ブレアという14歳の少女が住んでいました。彼女は不治の病と言われているクローディア病を患っており、目が見えず足も動きません。ずっとお屋敷で祖父やメイド達と共に車椅子で生活しています。

 まわりの人たちはロウズのことを少し気味悪がっています。彼女は盲目でありながら、妖精や幽霊といった不思議な存在を見たり触ることができたからです。こちらが語りかければ、彼らと心の中で話すこともできました。それだけなら気味悪がられても、避けられまではしなかったでしょう。彼女は人の過去、前世までも覗けてしまう奇妙な力も同時に持ち合わせていたのです。人間誰しも綺麗に生きているわけではないので、みんな彼女から遠ざかりました。
 それでも、寂しくはありません。ロウズには幼いころからずっと仲良くしている親友のアナナスがいたからです。大人しいロウズと違って活発な女の子でしたが、ふたりはいつも一緒でした。アナナスは隣町にある学校から帰ってきたら、真っ先に屋敷に遊びに来て、いろんな話をしてくれました。病気で遠出ができないロウズは、彼女の話を聞くことが毎日の楽しみです。
 ひとりぼっちのロウズにとってかけがえのない大切な親友。アナナスもいつも優しいロウズのことが大好きです。彼女の能力のことは知っていますが、過去をのぞかれることなんて気にもしていません。

 今日はロウズの体調が良さそうだったので、二人で教会に行きました。
 信仰心の厚いこの土地では、休日に開かれる祭儀への出席が、町人の習慣として根付いていました。今日も教会には大勢の人が集まっています。みんなと一緒に、この町の教会に仕える老司祭のお話を聞きました。
 恒例の、世界は神様が作り出したというお話でした。天界にいる神様と、その遣いである天使は、いつも人間たちのためを想い、遥か昔から人間界を見守っているというのです。
 ロウズはお話を聞きながら「神様や天使って本当にいるのかな。いたらどんな姿をしているのかしら」とまだ見ぬ存在へ想いを馳せていました。
 祭儀が終わって教会から出ようとしたとき、隣の墓地に妖精が一匹ぽつんといるのが見えました。屋敷の庭でいつもロウズと仲良くしている妖精のルナです。つがいのソルといつも一緒なのに、一匹だけだったので不思議に思いました。墓地のまわりをぐるぐる飛び回ったり、教会の屋根の上を伺ったりしてなにかを探し回っています。そして何かに気づいた様子で教会裏へ飛んでいきました。
「いつも庭で仲良くしてる妖精がいる。それも一匹だけ。教会裏に飛んで行ってしまったわ」とロウズが言うと、アナナスは「ロウズの後をついてきちゃったのかな。追いかける?」と提案します。
彼女は普通の人で、妖精など見えないはずなのに、けっして否定せず存在するように扱ってくれるのでロウズはいつも嬉しく思っていました。

 妖精を追いかけることにしたふたりは、立ち入り禁止とされている、教会裏に通じる錆びた門を開け、こっそり中に入ります。
普段、人が入らない場所に行くのはドキドキしました。草がぼうぼうに伸びた裏通路を、恐る恐る進んでいくと、教会の外壁に古ぼけた扉があるのを見つけました。牢のようです。鉄の扉は錆びてボロボロ。蔦が伸びて絡まり、中は薄暗くてよく見えません。
「ここって、たぶん、町に伝わるおとぎ話にでてくるあそこ……だよね」とアナナスは震えてそう言い、ロウズの手をぎゅっと握りました。この町には不老不死の悪魔が、教会の牢に封印されているという伝説がありました。
 大昔、その悪魔は、魔剣を操り、人々の生き血をすすり、この町を混乱に陥れたというのです。それを見かねた司祭が彼を牢に捕らえたという物語。
 しかし、悪魔が囚われている牢が教会内のどこにあるかまでは知らなかったため「こんなところにあったのね」とロウズはびっくりしました。
 気のせいか、ひんやりとした空気があたりを包みだしたので、怖くなってきてアナナスの手を強く握り返しました。ロウズは牢に恐る恐る近づき、扉の窓を格子越しにじっと見つめてみました。不思議なものが見える自分なら、悪魔も見えるのではないかと思ったのです。
けれど、窓の向こうには暗い闇が広がるだけで、何も見えません。ほっとしたその時です。
「誰だ、そこにいるのは」
と男の人の声が牢の中から響いてきたので、ロウズは「きゃあ」と悲鳴をあげました。その様子にびっくりしたアナナスも「わあ」と叫んで後ろに後ずさります。
 声の主が暗闇の奥から静かに姿を現しました。猫のような、犬のような、狐のような。そんな容姿をした獣でした。しかし、体は人間のようで、すらりとした右手が窓の格子をつかんでいます。高貴な衣装をまとっていたので少しびっくりしましたが、それ以上に目を引いたのは顔につけられた不気味な仮面。つりあがった空洞の目の部分からは黄金色の瞳が煌々と輝き、こちらをじっと睨み付けていました。

「あ、あなた、伝説の悪魔なの?」とロウズが恐る恐る聞いてみると、悪魔は質問には答えず「お前、俺のことが見えるのか」と驚いた様子で言いました。
「ええ、見えているわ。私は、不思議なものが見えるの」
「教会関係の人間か?」
 怯えているのでしょうか、警戒するように彼の瞳の輝きが増したので、ロウズは例の悪魔なのだと確信しました。慌てて首をふります。
「ちがうわ。仲良しの妖精を探しに来ただけ。こちらに来たと思うんだけど、あなた知らない?」
 悪魔は首をかしげて少し考えたあと「妖精ってこいつらのことか」とひょいと左手に握った二匹の妖精を見せました。妖精たちは彼の手から必死に抜け出そうともがいています。
「この子たちよ。可哀想に、苦しそうだわ。いますぐ放してあげて」とお願いすると、悪魔は突然むっとしたように口をへの字にし「嫌だね。こいつらは今日から俺の奴隷になったんだ」とまるで子供のような口調で拒否するので、困惑しました。
「奴隷になったって……本当なの?」と妖精たちに尋ねてみます。
 妖精の一人、ルナが首を振りながら「違う。ソルが捕まってるのが見えたから、助けようとしたら、無理やり……」と言いかけると悪魔が「余計なことを言うと羽をもぐぞ」と脅してきたので震えあがりました。
 それから、彼は大きな口をにいっと開け、笑いながらこう言ったのです。
「まさか牢の窓からたまたま妖精が入ってくるなんて思わなかった。無警戒な奴らで助かったよ」
「助かったって、何が?」と震える声で聞くロウズに彼は答えました。
「何百年もこういった機会を待ち続けていたんだ。こいつらは人質だ。これから俺のために一族総出で働いてもらう。妖精族は人間の姿に化けられる者もいるそうじゃないか。身動きできない俺の手足となるんだ」
 家族愛が深い妖精族のことを理解しているのでしょう。
 人質にして他の妖精たちを働かせようという魂胆なのだわ。と察したロウズは「こんなのってないわ。ふたりを返して!」と叫びました。
「じゃあ、お前が代わりに奴隷になるっていうのか。できないだろ。そんな使い物にならない体じゃ」
 車いすに乗り、瞼を閉じたロウズの体を一瞥します。誰の目から見ても、重い病を患っているとわかるのでしょう。それから悪魔は「そもそも、人間は信用ならないね」と呟きフンとそっぽを向きました。
 ロウズは使い物にならない体、と言われたことにショックを受けました。小さいころから、自分はまわりのお荷物としか感じられなかった彼女でしたから、尚のことでした。
思わずうつむき黙り込んだ彼女に、アナナスは「ロウズ、大丈夫?ほんとうに悪魔がいるの?」と不安げに聞きました。
 そのときです。
「そこで何をしているんですか」と門の向こうから声が聞こえてきました。老司祭です。
 悪魔はぎくりとしました。過去司祭に捕らえられた彼は、教会の人間の恐ろしさを知っていたからです。悪魔に容赦ない彼ら。一方、妖精はこの土地では神聖視されていることも知っていました。今回のことが司祭に知られたら、次は命がないかもしれないと思いました。今の状況だとロウズに必ず報告されると思った悪魔は、無意識に冷や汗が流れ、体が震えてきました。
 ロウズはその様子を冷静に一瞥してから、司祭の声がするほうへ急ぎます。
「ま、待ってくれ」そう悪魔が言い終わらないうちに、彼女は司祭に話しかけます。
「司祭様ごめんなさい。アナナスが遊んでいたらボールがここに入ってしまったの」
「そうですか。元気なのはいいことですが、ここに長居してはいけません。ボールが見つかったらすぐに出ていくんですよ」と老司祭はアナナスに穏やかに注意して、ロウズに微笑んだあと、去っていきました。
 悪魔は、ほーっと胸をなでおろしました。情けないことに心臓がバクバクと音を立てています。戻ってきたロウズに「なんで俺のことを言わなかったんだ」と問います。
彼女は首をかしげて「なんでって、あなたが嫌そうだったから……」と告げたので、悪魔は目を丸くしました。それから「アナナス、咄嗟に嘘をついちゃってごめんなさい」と謝る彼女にアナナスは呆れました。
「ロウズ、悪魔をかばったんだ。さっきの会話だと妖精が捕まってるんだよね。司祭様に言えばこらしめてもらえたかもしれないのに」
「そうなんだけど、あんなに怯えているのに、可哀想で言えないわ。それに根気よく説得すれば理解してくれるかもしれない」
 その言葉に今度は悪魔が傷つきました。情けない姿を見られてしまったとうなだれます。しかし、司祭に言わなかった彼女は優しい人間なのだと考えを改めました。何百年ぶりに他人の優しさに触れたせいか、なんだかむず痒い気持ちです。

 それからロウズは「悪魔さん、私は体が弱くて確かに使い物にならないかもしれない。けれど、出来ることなら何でもする。今すぐにあなたの奴隷になるわ。だから、妖精たちを離してあげて。大切な友達なの」とじっとこちらを見つめてきました。瞼の向こうに意志の強い瞳が透けて見えるようでした。
 悪魔はだんだんと胸が痛くなってきて「そ、そう言うなら……」と渋々妖精たちを離しました。
 妖精たちを抱きしめ「ああ、良かった」とほほ笑む彼女を見て、悪魔は罰が悪そうに横を向きました。
「良かったねロウズ。悪魔さん、なんかよくわかんないけど、ロウズが何でもするって言うならあたしも手伝います」
とアナナスも悪魔に向かって明るく言うので、彼はますます気まずくなって奥に引っ込んでしまいました。深いため息のあと「もうどうでも良くなったよ。家に帰んな」とぼそりとつぶやく声が聞こえてきました。

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