■1章|10

 「はぁ……」
 止めようとしても次から次へとため息が漏れてきます。
「任務とはいえ、殺しなどしたくないものだ」
 真っ赤に光る眼。青白い肌。尖った耳。そんな恐ろしい容姿とは真逆のか細い声が室内に響きます。
 神々から暗殺命令が下されたその日、天使の青年、アズリは憂鬱な気持ちでいました。彼は一人歩きしている印象とは程遠い、紳士で優しい性格だったからです。
「アズリってばまた気弱なことを言って。この仕事について長いんだから、しっかりしてよ」と隣で妹のサーリが心配しています。
「そうは言っても、慣れないものは慣れないんだよ」
 一方サーリは、新たな手柄が立てられる、とご機嫌です。

 詳細を説明しに来たイシアイに「こんにちは、いつも報告ありがとう!」と元気よく挨拶し、頭をなでています。
 彼女は兄とは反対に気が強く勇敢な少女でした。能力も高く仕事も早いです。
「ああ、早く人間界に降りて仕事したいなあ。暗殺対象がどんな奴であろうと、このサーリがぱぱっと片付けてくれる!」
 サーリがおさげを揺らしながら、そんなことを楽し気に言うので、アズリは肩をすくめました。
「サーリはこの仕事をゲームか何かだと思っていないか?はりきるのはいいけれど、ミスのないようにしてほしいものだ。近頃目立つぞ」
「たしかに前回は失敗しちゃったけれど、今回は大丈夫だって」
「はて。前回『も』の間違いじゃないだろうか」
 そう首をかしげて言い返すアズリに、サーリは口をとがらせました。
「もうアズリってば、自分のほうが大役を任されているからって、偉そうに言うんだから」
「私のほうが上層部に信頼されているから、当然のことだ。妹の軽率な行動を窘めるのも仕事のうちだからな」
 さらりとそんなことを言うので、サーリはさらにムッときました。ですが、ミスが多い自分より、丁寧に仕事をこなすアズリのほうが神々からの信頼が厚いのは事実でした。今回、薬を開発した張本人、アナナス暗殺の大役を彼が任されたのもそのためです。
 別のイシアイの報告で、薬の詳細を知るとされる彼女の教師のことも発覚しました。サーリは、そちらを担当することになりました。
 地上に現れる危険分子を暗殺することによって、人間界の未来を変えてきた彼ら。
 アズリは、この仕事を恐ろしく思いつつも、特別な能力を持った自分たちにしか成しえないことだと誇りも持っており、毎回、複雑な感情をいだきながらも、人類を守るという使命感にかられていたのでした。
「アズリは毎回複雑そうだけど、あたしはこの仕事大好き。まわりから一目置かれるし、人類の未来のためなんて素敵でしょう。普段の魂集めなんて地味な仕事とは大違い」
「魂集めも立派な仕事だよ」
 アズリとサーリは暗殺業がないときは魂集めを課せられていました。人間界で亡くなった人々の魂を集め、天界に持ち帰るというもの。魂たちは輪廻転生の女神サティへと渡されます。
 サーリはこの一連の作業を「冴えない仕事」と言って嫌っていましたが、アズリのほうは「辛気臭い仕事であるには変わらないものの、暗殺業よりも魂集めの方が幾分か気が楽だ」と思っていました。
「それにしても……仕事の一環とはいえ、この仮面だけは慣れないわぁ。だって可愛くないんだもん」
 サーリは不満げに自分につけられた仮面を指でつつきました。その様子を見たアズリは「こら」と窘めます。
「仮面付きは名誉なことなんだぞ。神々から人間界で働く天使たちへ必ず贈られる勲章のようなものだ。地上の仕事は、信頼の厚い天使にしか任されないからな」
 仮面は正体を隠す他、天使たちが地上で好き勝手できないよう、神々が力を制御する役割も備えているのだと、以前上層部から教えられたことをアズリは思い出していました。
「制御なんていらないのにね。まあ、過去、人間界に降りた天使のひとりが事件を起こしたから仕方がないけれど」
 アズリのよりは可愛げあるしいいか、と適当なことを言うサーリにアズリはふたたび肩をすくめ、呆れました。


 その日の夜。アズリは自室でアナナスをどうやって暗殺しようか作戦を練りました。
 彼女の身近にいる人間を依代にし、様子を見て暗殺するのが一番良い方法に思えました。いつものやり方です。
 イシアイの報告によると、アナナスの住む町は幸いにも信仰心の強い土地柄だけあって、天使は神聖視されているようでした。天使が見え、協力してくれる人間がもしかしたら何人かいるかもしれません。
 アズリは、強引に依代の意識を奪って操るサーリやイシアイとは違い、依代となる人間と相談してからいつも事を進めていました。嫌がる相手を無理に依代にしても、こちらと相手で意識の主導権争いになりかねず、いざというときに上手くいかない可能性があったからです。
 実際サーリはそれでミスを重ねており、それを尻拭いするのもアズリの仕事でした。
(……と言うと、プライドの高いサーリは怒りだしそうだから、本人の前では飽くまでフォローだと言っているが)
 やれやれ、と小さな声でぼやきます。
 対象を強引に依代にしたあと、意識の主導権をにぎって自害する方法もあります。しかし、依代とは魂が同化するので、それは自らも一緒に消えてしまうことを意味していました。
 これは、最終手段です。
 アズリは、広大な人間界が描かれた地図を確認し、それからアナナスの住んでいる場所に印を入れました。
「よし、明日にでも出発だ」

 アズリは覚悟を決めて人間界に降り立ちます。翼をひろげ、上空から滑空していくと、アナナスの住んでいる町がどんどん近づいてきました。
「思っていたより小さな町だ。まずは私のことが視える人間を探しださなければ。協力してくれると良いのだが」
 手に持った小さな袋の感触を確かめながら言います。
 数日間、町中を捜索した末、ついに彼のことが視える人間を見つけだしました。
 今回の件を慎重に話し、交渉を持ちかけます。

 体を貸してくれれば「神の名のもと相応の褒美をあたえる」とアズリは条件を出しました。
 天界では無限に捕れるダイヤや金や宝石。石ころのような価値のそれらを、少しつまみ、袋に入れて渡してあげるだけで、大抵の人間は快く一緒に仕事をしてくれることを、彼はよく知っていました。
 竹を割ったような性格のサーリは、このやり方を「いっそ無許可のほうがマシ」と言って嫌っていました。
 彼女の気持ちはわからなくもありません。毎回、この方法をとりながらも、たまに条件に拒否反応を示す人間がいることに、内心安堵しているのも事実なのですから。
 しかし、アズリはこの方法を取ることで、依代を暗殺犯に仕立てあげる罪悪感から逃れていることも、また事実なのでした。
 今回の依代候補は欲深い人間のようです。相手は事情と報酬に納得し「神の願いとあらば喜んで」と、条件をのみました。
「ありがとうございます。アナナスの命を奪うまでお世話になります」
 契約が成立し、人間の姿を手に入れることに成功したアズリは、相手に礼を言い、ひとまず胸をなでおろしました。
 あとはこの身体で、アナナスの命を奪いに行くのみです。


 数日後の朝。
 薬を完成させたアナナスは達成感に満ちていました。
(ついに、夢が叶うときがきたんだ)
 美味しい朝食を食べながら、浮かんでくる笑みが抑えきれません。
 これから治験を行わなければなりませんが、マウスの実験では必ず成功しており、実用化に漕ぎ着ける自信がありました。
 効果を目の当たりにした担任の先生にも「すばらしい。しかも速効性がある。これなら病人に短期間投薬しただけで、すぐに快復に向かうだろう」と、お墨付きをもらえ、一緒に喜んでくれました。
 ロウズには治験を終えるまで内緒にする予定ですが、喜ぶ彼女の顔が手に取るように想像でき、早く報告したい気持ちでいっぱいです。
「今日も学校が終わったらお見舞いに行こう、笑いをこらえられるかな」と浮かれつつ、何気なくひらいた新聞を読んで、アナナスは驚愕しました。

「何……これ」
 そこに取り上げられた記事は、昨晩、隣町にある学校で、担任の先生が同じクラスの男子生徒に殺害されたとの報でした。
 銃を片手に持った生徒は、すぐに他の宿直中の教師に取り押さえられ「気付いたら目の前で先生が血を流して倒れていた」と供述した、と書かれています。
『遺体に複数の銃弾痕があることや、普段の生活態度から、怨恨の可能性も視野に入れて調査を進める』とあり、アナナスは疑問に思いました。
 たしかに彼は不良で学校も度々さぼるので、よく先生に呼び出されてはいました。
 でもアナナスは、先生が家庭に問題を持つ彼を常に気にかけ、良き相談相手になっていたことを知っていました。なにせ、昨日も科学室でばったり会った彼から「先生は信頼できる人だ」と話され、笑い合ったばかりだったのですから。
「なぜ、こんなことに……」
 信頼していた人の突然の死と、同級生の不可解な行動に、アナナスはショックのあまりその場にくずおれました。

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