■1章|11


 先生の葬式は、彼の地元であるアナナス達が住む町で行われました。
 教会横の墓場でぼんやりたたずむアナナスに、背後から励ましの声をかける青年がいました。名前はグレン。前任の司祭が老衰で亡くなり、3年前にこの教会に配属された若き司祭です。

「アナナスさん。今回の件はお気の毒でした。どうか焦らず、ゆっくり心を癒してください」
 そう言う彼のほうをすこしだけ見やり、頭を下げました。
 アナナスは彼のことがすこし苦手でした。
 穏やかで、信心深い司祭とまわりから評価される一方、奥底では冷たいものを抱えているような、そんな瞳の持ち主だったからです。
 実際にそれは、ロウズや他の病気を持つ町人に対する態度に現れていました。前任の老司祭は、常に彼らことを気にかけ、体調がすぐれず休日の祭儀に出席できない時は、ひとりひとり家までお祈りに出向いていました。しかし、グレンにはその様子がなかったからです。
 そのわりに、ロウズの祖父が長期出張から帰ってくる日だけ、屋敷に出向いていることも知っていました。
 名家である彼女の家は、代々熱心な信者としても知られており、教会との金銭的な繋がりが深かったからです。屋敷には元は教会にあったであろう、聖像や美術品などがずらりと並び、献金と寄贈という体裁で、高額で取引されたものも多いのだろうと想像します。
 常ににこやかな仮面をかぶっているのではないか、と疑っているアナナスはグレンに向き直り、彼の顔を観察してみました。
 突然見つめられて疑問に思ったのか、目をまるくして首をかしげています。
 心が弱っているせいかもしれません。今日の彼の瞳は何故かいつもより雰囲気が柔らかく感じます。
「悲しくなったときは、相談してください。神々はいつでもあなたのことを見守っていますよ」と優しく微笑むグレンに、アナナスはすこしだけ緊張を解いて「ありがとうございます」と、お礼を言いました。


 その日からです。アナナスが何者かの視線を感じるようになったのは。それも、殺意を感じる鋭い視線。
 登校や下校の途中、用事で家を出た際にも、常に後ろに何者かの気配を感じるようになりました。マーケットに買い出しに来ている今もそうです。
「一体、誰なの……?」
 急いで後ろを振り向くものの、見慣れた町で人々が談笑しているだけでした。
 平日の午後、いつもどおりの平和な光景。
 しかし、こちらへ近づいてくる足音をたしかに耳にしたアナナスは、自然体を装いながら警察署に通じる路地へと足を向けました。
 歩きながら、厳しい研究者の世界を経験した祖父の言葉を思い出します。
『思わぬ邪魔が入らないよう気をつけなさい』
(まさか、私の研究を快く思わない者がいる?)
 そう考えつつ入り組んだ路地を足早に駆け抜けます。
 足音がどんどん大きくなるので怖くなり、意識を集中させ、一心不乱に進んでいきます。
 すると、足音が突然、聞こえなくなったので、アナナスは恐る恐る振り返りました。
 そこには誰もいません。
(先生が亡くなったことで参っているのかもしれない。きっと気のせいだ)
 そう呟きながら心を落ち着かせます。
「アナナス」
 突然声をかけられたので、驚いて振り返ると、近所に住む青年ジルが立っていました。

「よう、こんなところで何してるんだ?」と笑顔で聞かれたので、ほっとして、すこし気持ちが和みました。
 なにせ、ジルはアナナスの初恋相手だったのですから。しかし、それも過去のことで、今はロウズの婚約者です。
 10歳のとき一時的に恋に落ちた理由は「隣に住んでいて、女の子から人気者で、なんとなく容姿がタイプだから」という表面的なものでしかなく、ロウズとの婚約を知ったときは、さほどショックではありませんでした。成長したアナナスは、恋よりも友情や研究のほうが遥かに大事になっていたのです。
 むしろ、好青年とまわりから評判の彼なら、きっと彼女を幸せにしてくれるはずだ、と安心したくらいでした。
 興味本位で彼のことをロウズに聞いたこともあります。
 うつむいて口を閉ざすので、淑女の彼女はきっと照れてるんだな、と心の中でにやりとしたものです。
 アナナスは一息ついて、先ほどのことを振り払うように、なるべく明るい表情を作って聞きました。
「ジル、ひさしぶり。そっちこそこんなところで何してるの?」
「猟銃用の弾を買いに。近頃、大きな鷹が家の近くをよくうろついているんだ」
 鷹はこの地域では悪魔の遣いとして忌み嫌われています。家畜に危害を加えるという理由もありますが、古くからの習わしで、見つけたら撃ち落とすことが良いとされていました。
 アナナスは「そうなんだ。いろいろあって最近ロウズのところへ寄れてないの、元気にしてる?」と続けて聞いてみました。
「いつもどおり。アナナスの作った薬で元気になるのが楽しみだ」と返され、先日、うっかり薬の完成のことを母親に喋ったことを思い出しました。
(黙っててって言ったのにママったら)と頬を膨らませましたが、先ほどの足音の幻聴といい、祖父の言葉を気にしすぎているところがあるかもしれない、と思い直しました。
 ジルと共に路地を抜け、町の広場に出たとき、目の前を車椅子に乗った子供が横切っていきました。
「あ。この子……」
 瞼が閉じられたその姿を見て、ロウズと同じクローディア病を患っているとすぐにわかりました。
 母親らしき女性がついているので、きっと気分転換に町へやってきたのでしょう。
 先生の葬儀から数日経ったというのに、アナナスは立ち直れず、薬のことが手につかなくなっていました。しかし、早く切り替えて実用化に向けて進めなければ、病を患っている人達は治りません。
(いいかげん、元気出して前へ進まなきゃ駄目だよね)
 大切な親友まで喪うことを想像し、首を横に振ります。
(あたしの作った薬を待っている人たちが大勢いるんだ。ロウズと、協力してくれた先生のためにも、絶対に薬を実用化させてみせる)
アナナスはまっすぐに前を見据え、そう固く心に誓いました。

10 12

もどる

 

inserted by FC2 system