■1章|13

 ペンダントの女神に背中を押された気がしたアナナスは、ロウズの屋敷へと急ぎました。
 薬と生成方法の書類が燃やされたことを早く言わなければ、と思いながらも、彼女の悲しむ顔を想像すると怖くて訪ねられずにいたのです。
(でも、今日こそは)
 勇気を出して屋敷のベルを鳴らします。いつもの眼鏡をかけたメイドがでてきました。

「お嬢様に面会ですか?でも……」と戸惑った様子で門を開けるので、嫌な予感が湧き起こりました。
 メイドを押しのけ、玄関まで走ります。屋敷に入ってスロープ付きの階段を上り、廊下を駆け抜け、ロウズの部屋の扉を勢いよく開けました。
 そこには前以上に青ざめた顔をし、激しく咳き込むロウズの姿がありました。
(病気が一気に進行している)
 医療に詳しいアナナスは彼女の姿を見てそう確信しました。急いで駆け寄り細い体を抱きしめます。
 ロウズは「アナナス、来てくれたのね」と言おうとして声が出ないことに気づきました。喉が焼けるように痛く、一言でも発しようとすると潰れそうです。
 それを察したアナナスは胸が締め付けられ「落ち着いて聞いて」と今までのことを包み隠さずに話しました。
 事情を聞き終えたロウズは驚いたものの、真っ先に「アナナスが無事で良かった」と安堵しました。そんな彼女の気持ちを知らず、アナナスは顔を伏せ「ごめん、ごめんね。私がもっと気を付けていれば」と謝っています。
「記憶を頼りに、一から薬を作り直すこともできるかもしれない。でも、あの薬は配合がとても難しいの。偶然の積み重ねで出来た部分もあるから、また完成させるにはかなりの時間がかかるかもしれない」
 そして一息置いて、弱り切ったロウズを見つめます。
「もし間に合わなかったら……」と涙をあふれさせ、また強く抱きしめました。
 アナナスは泣いていました。どんなにつらい時も、明るく振る舞っていた彼女が初めて涙を見せたのです。
 弱弱しく震えるアナナスの背をなでます。

 ロウズは薬の事以上に、彼女を付け狙う者がいるという話が気にかかっていました。
(もしかして、放火したのはその者の仕業かもしれないわ。今後、アナナスに危険が及ぶようなことでもあったら……)
 不安で胸が張り裂けそうになります。
(彼女を、守ってあげたい)
 アナナスの嗚咽を耳にしながらロウズは思いました。でも、目が見えず足も動かず声も出ない、こんな体ではそれも叶いません。
 ヴァッサーゴが予知した希望ある未来。それとは真逆の現実に絶望感だけが押し寄せてくるのでした。

 その日の夜、ロウズは横になりながら、友情の証のペンダントを大切に撫でていました。
 せき込むたびに口の中に血の匂いが混ざります。
 アナナスには黙っていましたが、ロウズの余命はあと三カ月と医者から宣告されていました。
 その日から、よく過去のことに思いを馳せるようになりました。アナナスと遊んだこと、妖精を見つけた時のこと、ヴァッサーゴに出会った頃のこと。それから、小さい頃、老司祭に何度も言いきかされた言葉も思い出していました。

『悪魔は嘘吐きです。すぐに人をからかい、騙す』
 彼女の家は古くから教会と繋がりがあり、代々司祭とも親交が深い家系です。老司祭は病気のロウズのことを気遣い、いつも家にお祈りにきてくれたのでした。
 昔に悪魔と戦った武勇伝も聞かせてくれました。幼い少女に悪魔が憑りつき、凶悪な人格になって暴れる彼女を、仲間の司祭達と五人がかりで抑え込み、祓い落したというお話。
『悪魔に魅入られ、とり憑かれると人格も身体も強暴な獣となってしまう。十分に気を付けなさい』
 成長してすっかり忘れていた老司祭の言葉の数々が今になって甦ります。
(ヴァッサーゴは悪い悪魔で、嘘吐きだったのかしら……ううん、彼と話しているとそんな人柄にはとても思えなかったわ。でも……)
 祖父を騙すジルの姿が脳裏に浮かびました。とても悪い人間とは思えない、誠実な姿。
(ヴァッサーゴも、演技だった可能性だって……)
 周りを欺く婚約者の姿と重なり、今頃、自分の事を笑っているのかもしれないと想像すると、悲しくて涙がでそうになりました。

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