■1章|23


 「寒い、寒いよ」
 魂を管理している大きな部屋、その中央にある檻の中でアナナスの魂は寒さと恐怖で震えていました。肉体という身ぐるみが全部はがされ、まるで感覚や意識そのものになってしまったようです。
「私、どうなっちゃったの。ここはどこ。パパ、ママ、おじいちゃん。ロウズ……誰か助けて」
 その時です。大広間の扉がギギギ、と開く音が聞こえたのでアナナスは警戒しました。
 コツコツと足音がこちらに近づいてくるので、恐る恐る意識をそちらに向けます。目の前には銀髪の幼い少女が立っていました。
 一見人間に見えるものの、体のサイズがかなり大きいので、アナナスは驚いて、つい上から下までじっくりと眺めてしまいました。
「あなたがアナナスですね。私は女神のサティ。大事なお話があってここへ来ました。」
 女神サティ。聞いたことのある名前と見覚えのある顔にアナナスははっとしました。メダルに彫られていた女神です。祭儀の日、彼女にまつわる神話は昔から司祭に何度も聞かされていました。
「たしか、魂の輪廻転生を担う女神、だよね……ほ、本物なの」
「よくご存知ですね。そのとおりです。魂と接する機会が多く、こうやって会話をすることもできます」
 それを聞いたアナナスは震える声で言いました。
「信じたくなかったけど、やっぱりここは死後の世界なんだ。ジルに首を切られて意識が途切れて……そのあと、気付いたら体がなくなっていて、ここにいた。私、死んでしまったってことだよね」
「ええ、ここは天界。そういうことになります」
「ねえ、女神さま。なぜ、私殺されてしまったの。私、何かジルに悪いことでもした……?」

 肉体はないけれど、心で泣いているのでしょう。アナナスの悲しみがサティには痛いほど伝わってきます。
「私には夢があったんだ。もっと生きたかった。生きて、それを実現したかった。あともう少しだったのに……」
 アナナスはロウズと、病で苦しむ人たちのことを思い出し、いつまでも止まらない涙を心の中で流し続けました。
 それを哀れに思ったサティは、覚悟を決め、話し始めました。
「確かにあなたは死んでしまった。でも、それは本来起こるべきことではなかったのです。アナナス、私はあなたに真実を打ち明けにきました」
 アナナスは不思議そうにこちらを見つめています。
 サティはこのやりとりが規範に違反していると理解しながらも、もう止められませんでした。彼女がここまで動いたのは今回が初めてです。
 魂から聞こえてくる声はいつも、生に対する貪欲なまでの渇望と、人間界でやり残したことへの無念。自ら命を絶った人の魂さえも、また生まれ変わり新たな人生を歩むことに、少なからず希望を見出している。だから、命をうばい、魂を消滅させてしまうことへの重みを、昔からずっと感じていました。
 今までは他の神々の睨みが恐ろしく、消滅予定の魂と接触することは避けていましたが、もうこれ以上、サティは自分を誤魔化せませんでした。
 彼女は意を決して、アナナスに今までの経緯を話しました。これは、すべて神々によって仕組まれたことだと。

 サティから話を聞き終えたアナナスは真実を知り、愕然とします。
「私の作った薬で不老不死に……?人類から憎しみの感情を無くしてしまうなんて」

 彼女は戸惑いました。神様たちが怒るのも当然だと思ったからです。人間の本来あるべき道から外れてしまうのは、アナナスにとっても不本意なことでした。
 しかしサティは、戸惑う彼女を落ち着かせながら言います。
「問題があるのは、飽くまで薬を長期使用し続けた場合。つまり短期の使用では正常な治療薬として機能するのです。世の多くの人たちが、あなたの薬によって助かる予定だったのですよ。」
「でも、万が一、死も争いもない世界が訪れてしまったら……私、どう責任をとったらいいのかわからない。殺されて当然なのかもしれない」
 ショックで震えるアナナスの言葉にサティは首を振ります。
「私はそうは思いません。人間は自ら考え、過ちや間違いを正す力があるからです。今のあなたのように、人類にとってその道が間違っていると考えるのならば、何年かけてでも、また正しい道に戻ることができるはず。人間はそういった可能性を秘めた存在なのです」
 サティは力強く話を続けます。
「私はあなたの魂を消滅させたくありません。密かに人間界へ転生させたいと思っています。生まれ変わると前世の記憶はなくなりますが、才能は引き継がれる。
新たな姿に生まれ変わって、あなたの夢を実現させてほしいのです」
 その言葉にアナナスは息をのみました。「でも」と言う彼女の言葉をサティが遮ります。
「ここからが一番大切なこと。あなたが生まれ変わる時代は今よりも先になる。現代と状況は変わっています。医学が進み、知識も得やすい状況になっているでしょう。
それに、魂はあなたではあるけれど、肉体や人格はあなたではない。その者が、薬をより良い方向へ開発することだってあるかもしれない。つまり不老不死化はせず、本来の治療薬として完成させる可能性だって十分にあるということです」
「たしかに、その可能性は否定できない。でも万が一、また同じ薬を作ってしまったら……」
「賭けではあります。そうなれば、またあなたは神々や天使たちに命を狙われる可能性があります」
「そんな、怖いよ。記憶がなくなるとはいえ、もうこんな思いはしたくない」
 アナナスは怯えました。
「恐ろしく思う気持ちは分かります。しかし、可能性をはなから否定し、外部から介入して消してしまうなど、私にはどうしても良いことには思えないのです。アナナス、あなたにはどうしても叶えたい夢があったのでしょう」
 ロウズの笑顔を思い出し、アナナスの心が揺らぎます。そしてぽつりと漏らしました。
「……私、大切な親友がいたんです。不治の病に侵された、大好きな幼馴染が。彼女を救いたくて医者を目指し始めたのだけど、次第に同じ病を患っている他の人たちも救いたいと思うようになっていった。治療薬を完成させて、元気になったロウズと一緒に遊びたい、早くみんなが元気になってほしいと願いながら、毎日研究を頑張ったんだ」
 彼女はまた涙を流し始めました。
「私の夢……私、ロウズや病気のみんなを救いたかった」
 はっきりそう言いはなった彼女の言葉に、サティは驚きました。

「ロウズ、と言いましたね。その親友は、長い金髪の少女ではありませんか」
「女神様、なぜ知っているの」
 サティが会議室での出来事を伝えると、アナナスは衝撃を受けました。

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