■1章|24

 「ロウズが私を助けようとして戦ってくれていた?なぜそんな力が。信じられない」
 アナナスの知る彼女は、いつも目を閉じて弱弱しく車いすに座る少女だったので、驚くのも無理はありませんでした。
「私も詳しくはわかりません。しかし不思議な力を得たのは、彼女に悪魔・・・ヴァッサーゴ様が憑りついたからに違いありません。」
「ヴァッサーゴ……?」
 不思議そうに問い返すアナナスに、ヴァッサーゴは自分の命の恩人だと、サティは魔界での出来事を話してくれました。
 アナナスはふと思い当たったことを口にします。
「そういえば、町の教会には悪魔が封印されているっておとぎ話があった。大昔に司祭が捕らえて牢に幽閉したって。まさか、その悪魔が……?」
 アナナスは三年前の出来事を思い出します。妖精を探しに教会裏に忍び込んだ時、そこでロウズが悪魔と思わしき者と会話していたことを。
(あの悪魔は幽霊なんかじゃなくて、やっぱり本物の悪魔だったんだ)
「アナナス、あなたの話を聞いていて、合点がいきました。きっとロウズという少女はヴァッサーゴ様とその教会で知り合い、協力して、親友であるあなたを助けようとしたのではないかと思います」
「まさか。ロウズが自分に悪魔を憑りつかせて力を得たと言うの」
「そう。アズリは少女に苦戦を強いられたと聞きました。アズリは戦にはでたことがないものの、それなりの戦闘訓練をつんだ天使です。彼と対等にやり合うには、悪魔と憑代の息がぴったり合わないと成しえないこと。つまり憑依は合意……ふたりが協力していた可能性が高いのです」

 そう言うサティの目は自信に満ちたものでした。
「あなたは、ふたりが必死になって取り戻そうとした魂。ここで消滅させるわけにはいかない。私も、彼らに協力したいのです」
 それを聞いたアナナスは胸が締め付けられ、それから黙って考え込みました。
(病気のロウズが私を守ろうとして、頑張ってくれた。あんなにか弱かったロウズが……)
 アナナスに彼女との様々な思い出がよみがえります。
 ロウズを連れてバラ園に遊びに行ったこと。木漏れ日の下でランチを広げておしゃべりしたこと。彼女が研究室を訪ねてくるのを、いつもまだかまだかと待ちわびていたこと。ふたりで美味しい紅茶と差し入れを楽しむのが好きだったこと。
―――あれはいつのころだったかな。
 薬の研究に行き詰って、何もかも投げ出したくなった時期があった。
 ロウズには言わなかったけど、もしかしたら完成まで漕ぎつけないんじゃないかって、不安に苛まれてすっかり自信をなくしてた。
 そんなある日「部屋で妙な視線を感じるの。お化けかもしれない。」と怯えるロウズのことが心配で、お泊り会をしたことがあった。私も気分転換したかったし、その日は研究のことを忘れて彼女のお屋敷で一日中いっしょに遊んだんだ。
 ベッドに入っても寝付けず、夜遅くまでふたりでお喋りしていたっけ。彼女が笑ってくれるたび、次はもっと楽しい話をしてあげたいと、おしゃべりが止まらなかった。
 いつの間にか隣で寝息をたてる彼女を眺めていると
「アナナス、ずっと一緒よ」と言う寝言を聞いてしまって、くすぐったい気持ちになった。でも、すごく嬉しかった。
 だから私も小さな声で返事したんだ。
「ロウズ、ずっと大好きだよ」って。
 そう言ったとたん、不思議とやる気がわいてきた。
 大好きな彼女とずっと一緒にいるために、何があっても薬を完成させなきゃって心に誓ったんだ。

 天使に立ち向かってくれたロウズ。きっとお化けなんかより、ずっと怖かっただろう。
 なのに、私ときたら一度夢を邪魔されたぐらいで怖気づいてしまって、なさけない。
 研究だって何度も失敗して、つまずいては転んで、それでも乗り越えて薬を完成させたじゃない。きっと今も同じなんだ。
 諦めずに何度でも立ちあがれば、きっといつか……
(ロウズ、本当にありがとう。…私も、こんなところで諦めるわけにはいかない)
 彼女に勇気づけられたアナナスは、意を決して言いました。
「わかった。大好きなロウズと親切な悪魔、ふたりが私を助けようとしてくれたんだもん。その私が、ここであっさり消えるわけにはいかないよね」
 そして一息置いて、力強く言葉を放ちました。
「私、生まれ変わって夢を叶えたい」
 返事を聞き、サティは優しく微笑みました。
「よく言ってくれました。今夜は準備しなければならないことがあるので、明日の早朝、人間界につながるレーテー川へあなたを連れていき、そこで輪廻転生の儀式を行います」
「ありがとう女神様。不安はあるけれど、私頑張ってみる。ロウズや現代で苦しむ病気の人たちを救えなかったのは、すごく悔しい。そして心残りだけど……だからこそ、来世では必ず薬を完成させて、多くの人を救ってみせる」
 アナナスは凛とした声でそう言い切りました。
 それを聞いたサティは引っかかりを覚え、思ったことを口に出そうとしました。
(もしかしたら、ロウズという少女は……)
 ヴァッサーゴ様が憑りついている影響で、不老不死になっているかもしれない。と言いかけて、止めました。その道を選ぶのはロウズ自身が決めることで、サティが言い切れることではなかったからです。
 しかし、その可能性をどこかで強く願う自分がいました。
 アナナスが時代を超え生まれ変わり、親友であるロウズと再び巡り合える、その日が来るのを。


 次の日の早朝、サティはアナナスの魂を持ち出し、人間界へ通じるレーテー川へと急ぎました。
 この川に魂を流すことで人間界へ転生できるとされており、彼女は普段からその一連の仕事を担っていました。
 いつもならそのまま流すところを、サティは思いとどまり、髪を少しだけナイフで切り落としました。やわらかい髪を集めて籠状に編んでいき、そこにアナナスの魂をのせます。
 サティの一族の髪で作った船。そこに乗せられた魂は天界へ戻ることなく、自分の力で輪廻転生を繰り返すことができるという言い伝えがありました。これで万が一の事態が起こった場合でも、魂を消滅させられることはないでしょう。
 もしものときにと、昔、母から教わった秘密の方法です。当時は教えてくれた意味が分かりませんでしたが、母もずっと件の行いに胸を痛めていたのだろうと、今なら理解できました。
 サティはアナナスの魂に伝えます。
「アナナス、これからあなたは記憶がなくなり、別の姿として生まれ変わることになります。そこでまた、天使から命を狙われることになるかもしれません。もしかしたら今度も命を落とすかもしれず、長く過酷な旅になるかもしれません。でもけっして諦めないで。あなたの夢を全うしてください。夢が叶えられ、あなたがその人生に満足したとき、船の力は解けるでしょう。その日を楽しみにしています」
 アナナスから「ありがとう。天使は恐ろしく、怖いけれど……今度こそ絶対に夢を叶えてみせる」と力強い返事が返ってきました。

 サティは覚悟を決めて魂を川へ流し、美しい歌声でアナナスを見送ります。
 透き通った歌声は、ゆるやかに流れる川や風にそよぐ木々の音と同化し、まったく別の旋律を作り出します。世界にひとつしかないその音楽が、まるで彼女の船出を祝福しているようでした。
 彼女が見えなくなったあと、サティはすぐさま傍に寄り添う精霊のチップにお願いをしました。
「チップ、親友として頼みがあるのです。人間界へ行ってヴァッサーゴ様にこのことを伝えてください。彼はロウズという少女と協力して、アナナスの魂を必死で取り戻そうとしていた。そこに至るまでに、なにか深い事情があったはずです。正義感の強い彼なら、きっと転生後の彼女を守り通してくださるはず。あなたもどうか手助けをしてあげてください」
 そう言いながら、サティはチップに小さな巻物と、真珠のような美しい宝石を渡しました。
 昨晩、サティはイシアイにうまく情報を聞き出し、ヴァッサーゴ達がいる地域の地図を巻物に描きつけたのでした。
「この宝石はヴァッサーゴ様に。私を支えてくれたあの言葉を宝石に向かって念じてと、そうお伝えください」
「任せてください!」

 全ての事のなりゆきを彼女のそばで見ていたチップは、サティさまのためなら喜んで、と張り切って答えます。
 向こうから喧噪が聞こえてきました。魂が持ち出されたことが知れ、ほかの神々や天使たちが探しにやってきたのです。
「早く人間界へ」と急かすサティ。チップは険しい表情でこちらにやってくる神々を一瞥し「サティさまはこれからどうなるんです」と返しました。
「私なら大丈夫です。ちょっとだけ彼らと話し合いをして、数日間、謹慎処分を受けるだけですから」
「もし何かあった時は、仲間の精霊に頼んですぐに呼び戻してくださいね。サティさまが悲しいときは、このチップいつでも駆けつけます!」
 そう言い、彼女を不安そうに見つめたあと、後ろ髪をひかれる思いで天界の門へと急ぎます。
 彼の後姿を見送りながら、サティはこれから受ける罰のことを考えました。規範を破った者は絶対に許されず、極刑か、それが免れても永遠に監獄に閉じ込められることになります。
 心の中で「チップ……そしてお母さま、ごめんなさい。」と謝ります。
 しかし、あの秘法を教えてくれた母なら、きっと自分の行動を褒めてくれるだろうと思いました。
 これから厳しい刑罰をうけるにも関わらず、生まれて初めて自分を信じて行動し、事を成し遂げたサティの表情は、どこか晴れやかなものでした。

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