■1章|26

 ふたりは立体映像のサティの話を食い入るような視線で聞きました。
 ロウズは治療薬の真相に驚き、声を震わせます。
「そんな……私の病気を治そうと作ってくれた薬が原因で、アナナスが殺されてしまったなんて」
彼女の薬が、夢が、いずれ人類の衰退に繋がることになる。天使が殺しに来た理由が判明し、ロウズは衝撃を受けました。
「静かに。まだ話の続きがあるぜ」
チップが注意をうながすと、彼女は再び話に集中しました。
「アナナスの魂はこれから神々によって消滅させられようとしています。私はこれから彼らに内密でアナナスの魂を持ち出し、人間界へ転生させようと考えています」
「アナナスの魂が消滅させられる……肉体だけではなく、存在そのものまで消されてしまう。サティはそれを食い止めようとしてくれているのね」
 ロウズはサティの真摯な眼差しを受け止めます。
「人の魂は、人のもの。そして人間界の運命も、人類の手のうちにあるべきなのです。神々が干渉し、その未来を左右することではない。ヴァッサーゴ様、あなたならわかってくれるはずです」
 ロウズは考えました。
 たしかに人類の行く末を心配する神様たちの気持ちもわからなくもありません。彼らの言う通り、敷かれたレールの上を歩んでいけば安全なのかもしれない。人類の未来も安泰なのかもしれない。
 神様はこれを運命と呼ぶのかもしれません。
 しかしロウズは、自分で考え、悩み、選び取っていくことに昔から憧れを抱いていました。
 病気ゆえ、自分で洋服を選ぶことさえ出来ず、婚約者も勝手に決められ、ただそれを受け入れるしか出来なかった日々。
 自由に選べたら失敗もあるだろうけれど、どれだけ豊かで大切な人生になるだろうと、いつも考えていました。

 だから、人類にもそうあってほしいと願ってしまいました。
 もちろん、アナナスにとっても。
 今更ながら、彼女が大切に選び取った夢を否定し、あっさりと未来を奪ってしまった神々に対して、ふつふつと怒りがわいてくるのでした。
 サティの言葉にヴァッサーゴも頷きます。
「もちろんだ。自分の未来は自分自身が切り開くもの。他人がどうこうしていいものじゃない」
 魔界にいた頃から現在まで、自分の軌跡に思いを馳せます。
 自分を信じてここまでやってきた。これから上手くいくとは限らない。王族に歯向かったことを後に後悔する日が来るかもしれない。恐ろしいけれど、怖いけれど、自分を信じて選んだ大切な道だ。
 それから「神様とやらは過保護すぎるんだよ。人間のことは人間に任せときゃいいんだ」とぼやきました。
「ヴァッサーゴ様、お願いがあります。転生後のアナナスの魂をどうか守ってください。彼女はこれから生まれ変わり、また夢を叶えようとしている。ふたたび天使に命を狙われたとき、今回のような悲劇を繰り返さないように」
 サティの声と映像がかすれだしました。
 ロウズはアナナスの生まれ変わりと聞いて、居てもたってもいられません。記録映像だというのも忘れて尋ねました。
「サティ、アナナスの生まれ変わる時代はいつになるの。場所はどこ!」
「明日転生の儀式を行います。彼女の…転生先や時代は…私にも……情報通の精霊チップが協力してくれるはず……」
 それから、サティはまっすぐに、まるで訴えるようにこちらを見つめて言ったのです。美しい瞳がロウズを捕らえます。
「ロウズ…あなたは今ヴァッサーゴ様が憑依している影響で不老不死になっているはず。彼に願えば憑依を解いてもらい、普通の人間に戻ることも可能でしょう。
どちらを選ぶかは、あなた自身が決めることです。しかし…願わくば…」
「願わくば…」
 聞き返したとたん、ぷつん、と映像と音が切れてしまいました。もう何もない地面を呆然と見つめます。きっとアナナスの魂の行く末はサティ自身にもわからないのだろうと思いました。
 しかし、ロウズの曇っていた心はいま、扉が勢いよく開かれるように澄み渡っていきます。
『願わくば』
 その先の言葉は聞かずとも彼女自身が深く理解していました。
 私はまた、アナナスの魂に巡り合いたい。
 魂が存在するかぎり、時代を超え、再びアナナスと出会うことができる。
 だって、不老不死のこの体と、人の前世をも覗ける過去視の力があれば、彼女の生まれ変わりを探し出すことは決して不可能ではないのだから。

「サティ、わかったわ。アナナスの魂を救ってくれて、本当に本当にありがとう」
 ロウズは慈悲深い女神に心から感謝しました。
「ヴァッサーゴ、私からもお願い。私の体を使ってアナナスの魂を、生まれ変わりを守って。ううん、一緒に守る。私は人の前世を見通せるんだもの。きっと彼女の魂を持つ人を見つけ出すことができるわ」
 そして、今度こそアナナスの魂を守り、夢を実現させてあげたい。そう意気込むロウズにヴァッサーゴは明るく快諾しました。
「もちろん。俺は不老不死の悪魔なんだ。ロウズの頼みなら、何年先だって付き合うさ。神様のやろうとしてることも何だかいけすかないしな」
 ロウズの親友を救えず、悲しませてしまった。これはヴァッサーゴの復讐戦でもありました。そして何より、アナナスの夢が実現すれば、彼女の病気も治るのです。絶対にふたりを守り通す。そう決意し、返事をしました。
「ありがとう。大好きよ、ヴァッサーゴ!」
 いま目の前に彼がいるなら、ぎゅうっと抱きしめたい気持ちでいっぱいでした。その想いが伝わってきたヴァッサーゴは、思わず照れて頬を掻きます。
 そのときチップの声が横から聞こえてきました。
「おほん、いい雰囲気のところ水をさすようですまないけど、探すっていったって人間界は広すぎるからな。生まれ変わりの情報が『薬を作る才能がある人間』だけじゃ厳しいんじゃないか?人探しや情報収集には、人手が多いほうがいいと思う。オレは精霊だから、人間界に存在する多くの仲間に協力を仰ぐことだって可能なんだよな」
 チップは仲間に入れてほしそうに、片目を瞑ってちらりとこちらを見つめてきます。
「というわけで、これからオレはあんたたちについていく。本当は悪魔なんかと仲良くしたくねーけど、お前の面倒任されちまったからな。悪魔は単細胞だから、オレみたいなしっかり者のお目付け役が必要だと思われたんだろう。サティさまの願いとあれば断れないんだよなってイテテテテ」
「お前な〜。さっきから思ってたけど、よくしゃべる口だな。単細胞はどっちなんだか」

 いい雰囲気を壊されたからなのか、生意気すぎるチップにさすがに腹を立てたのかヴァッサーゴが彼の口元をつねったので、ロウズが間に割り込んで窘めます。
「ふたりとも仲良くしてね。チップくん、あなたがいるときっと助かるわ。どうかついてきて」
 ロウズの心の声を聞いたチップは涙目で訴えます。
「憑代の女の子はこんなにいい子だってのに!悪魔はやっぱり狂暴だ!」
「ふん。まあロウズやサティの願いとあらば断れないことは確かだ。ついてくることを許してやる」
 腕を組みながら顔をぷいとそむけるヴァッサーゴに、チップはさらに突っかかりました。
「偉そうに。オレが取り締まる側だからな、勘違いすんなよ」
「まあ」
 そのやりとりを見ていたロウズはちょっとだけ困りましたが、なぜか可笑しくなってきてくすり、と笑ってしまいました。
 ヴァッサーゴとチップは不思議そうにきょとんとしています。
 アナナスの魂を守るという使命感を得たロウズは、心が晴れ、いつの間にか気持ちが前向きになっていました。太陽が昇り、どこまでも青く澄んでいく空を見上げながら、ロウズは決意を新たにします。
「アナナス、私、生きていく。生きてあなたの魂を守り抜くわ。だから、時を超えて待っていて」


1章 終

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