■1章|4

 その日から、ロウズはヴァッサーゴの元へ通うようになりました。今日もお付きの妖精たちに頼んで誰かが見てないか確認してから、こっそり教会裏に忍び込みます。
「ヴァッサーゴ、おはよう」
「ああ、ロウズ、おはよう」
 1週間目となると挨拶もなじんだものになってきました。ロウズは籠に入った花を見せて言います。
「今日はお花を持ってきたわ。私の屋敷の庭にはたくさん咲いているから、おすそわけ。ここが殺風景なのは、なんとなく分かるの」
 彼女の足には伸びっぱなしの草がちくちくと触れていました。扉の横の外壁を手で探ると蔦が絡まり、牢のすぐ前にはごわごわの垣根が壁のように並ぶばかりです。ロウズは盲目でしたが、花の香りや鳥のさえずりなどで、風景を想像することができました。しかし、ここには想像できるものすらなかったので、せめて花を飾ろうと思ったのです。
 扉の窓枠に色とりどりの花を並べていきます。
「相変わらず触れることはできないけど、香りはわずかにわかる。この根っこが細くて綺麗な白い花はなんだろう。甘い、いいかおりだ」

 ヴァッサーゴが鼻を鳴らしながら聞くので、ロウズは「たぶん百合だと思うわ」と答えました。
「人間界の植物には少し興味があって勉強したことがあるんだが、まだまだ知らない花が沢山あるんだな。魔界には、こんなにいい香りの花なんてなかったよ」
 楽しそうに微笑むヴァッサーゴを見てロウズも嬉しくなりました。
「ねえ、ヴァッサーゴがいた魔界ってどんなところだったの?よかったら聞かせてくれないかしら」
「ロウズが知りたいなら、教えてあげるよ。でも、あまり楽しくないところだぞ」
 天空のどこかにあると言われる天界とは反対に、地の底にあると言われている魔界。ふたつの世界は仲が悪く、何億年と戦争ばかりしているという話でした。自然豊かで恵まれた天界とは反対に、魔界は侘しい荒涼とした土地と鬱蒼とした森が目立つ場所だと言います。
 そんな魔界において、ヴァッサーゴは東方を治める王家に生まれた、第二王子だったというのです。
 ロウズは盲目なので、王子様というものを見たことがありませんでしたが、高貴で美しい身なりをしていると家庭教師から教わっていました。
「どうりで綺麗な格好をしているはずだわ」と納得したロウズは、彼に会った時から一番気になっていたことを尋ねてみました。
「ずっと気になっていたのだけど、なぜ仮面をかぶっているの?」
「むかし魔界に住んでいたころ、ある事件で天界の者をかばい、父……魔界の王から罰として仮面をかぶせられたんだ」
 肩入れしたわけではなく、筋の通らない事が嫌いだからしただけなんだけどさ。とヴァッサーゴは付け加えました。
 彼は強大な力を持つ悪魔だけれど、仮面のせいで力を制限されているとのことでした。
「外すことはできないの?」
「王だけがこの仮面の力をコントロールすることができる。王以外だと、鍵がないと外れない。その鍵も、どこにあるか分からないんだ」
 そう言われると、彼の素顔が無性に気になってきました。
「ヴァッサーゴの素顔、どんななのかしら」
「自分で言うのもなんだけど、結構イケてるぞ」
 『イケてる』のがどんな顔なのか分かりませんでしたが、仮面の目から覗く黄金色の瞳はとても美しいので、ロウズはいろいろと想像を膨らませました。
「仮面のせいで今は霊体のままだけど、本来なら人間界で実体化……人や動物に化けることだってできるんだ。仮面が取れたら、まず人に化けてドーナッツをたらふく食べてみたいよ」
 ヴァッサーゴがため息をつきながらそう言うのでロウズはおかしくて笑いました。
 他にもいろいろ話してくれました。
戦争で行き場をなくした悪魔たちをまとめて城に招き、家来として面倒をみたこと。アガレスという切れ者の、いけ好かない兄がいること。王族の暮らしが合わず、掟を破って魔界を飛び出してきたこと。
 彼は魔界では王子という立場なのに、自由奔放で楽天的、そしてお人良しなところがあるようでした。控えめで思慮深いロウズからしたら、驚きの連続です。


「ロウズってばここ最近、ごきげんだね?」
「そ、そうかしら」
 アナナスに言われて顔がにやけていることに気づき、ロウズはぎくりとしました。
「まさか、好きな男の子でもできたの?あたしに内緒で!」
 突然、大きな声でアナナスがそんなことを言い出すので、ロウズは慌てて首をふりました。
「そんなことないわ。最近は体調が良くて、アナナスと過ごせる日が多いから、嬉しいだけ」
「ふーん、怪しいなあ。ま、それはあたしも同じだけど。いつも差し入れありがとね。ロウズのとこのメイドさんのお菓子、大好きだから嬉しい」
「それはよかったわ」
 アナナスの家にある離れでふたりはお茶をしていました。正確には、ここは彼女の研究室。小さな木造の建物で、ここには、機材、薬草、薬学の本など薬に関するいろんなものが揃っています。
 アナナスは、ロウズの病気を治したいという想いから、医者を目指し、ここで日々治療薬の研究に励んでいるのでした。
 彼女は、14才とは思えない優秀な頭脳を持ち合わせていました。その才女ぶりは、学校の教師も舌を巻くほどです。

 彼女に才能を見出した、元研究者であり資産家の祖父は、資金面で協力することを決めました。アナナスになら、不治の病であるクローディア病を治す新薬が作り出せるかもしれない、と思ったのです。それは、自身が叶えられなかった夢でもありました。
「大切な研究は信頼できる者以外には秘密で行うこと。思わぬ邪魔が入らないように、気をつけなさい」
 この言葉とともに贈られた、離れの研究室。ここにはアナナスとロウズしか立ち入ったことがありません。両親にさえ研究の詳細は秘密です。
 ロウズは病気を治そうとしてくれる彼女に心から感謝しました。研究に熱中しすぎて、ご飯を抜かしてしまう彼女のために、よく差し入れを持って遊びにくるようになります。尋ねるときは、扉のノックの仕方で秘密の合図を決めました。それがまるで秘密基地のようで、ふたりともこの場所が好きでした。
 改めてロウズはアナナスの様子をちらりと伺います。彼女はとくに気にした様子もなく、クッキーを口に運んで、おいしい!と舌鼓をうっているので、ほっとしました。
 このとき、はじめて新しい友達ができて浮かれていることを自覚しました。しかし、ヴァッサーゴのことを知られるわけにはいきません。悪魔と友人になったことが知れたら、きっと裏表のないアナナスは「自分も友達になりたい」と言い出すでしょう。そのことが周囲にばれれば、彼女まで町の人に嫌われてしまいます。だから、ヴァッサーゴはロウズにとって秘密の友人でした。
 最近は体の調子がよく、午前中は彼のもとへ、アナナスが学校から帰ってくる午後は、この研究室へ赴くことが日課になっていました。
 ひとつクッキーを食べ終えたアナナスが
「そうそう、最近、悪魔の剣を探しまわってるって聞いたけど、見つかった?」とさらりと聞いてきたので、ロウズは心臓が跳ね上がりました。
 田舎町、それも浮いているロウズのことですから、噂があっという間に広まってしまったのでしょう。
 ロウズは慌てました。
「えっと、見つからないの。悪魔と会って以来、剣も実在するのかなってちょっと気になっただけで、深い意味はなくて」
「そういえば、あの悪魔どうなったのかな。また会いに行きたいなあ」
 アナナスが楽しそうに言うので、余計に興味をわかせてしまったと後悔します。ロウズは限界だと感じ、嘘をついてしまいました。
「実は気になってこっそりあの場所にもう一回行ってみたのだけど……もう悪魔はいなかったの。一体、なんだったのかしら」
「なにそれ。もしかして、悪魔じゃなくて、悪魔のふりをした幽霊だったのかな?」
「え?そ、そうかもしれないわね」
 そっかぁ、幽霊ならあの後スーッと牢屋を出てくことも可能だよね。とウンウンうなずいているので、ロウズはほっとしました。そして心の中で「アナナス、騙してごめんね」と謝り、話題を変えました。
「研究のほうはどう?」
「今は薬草集めが主かなあ。おじいちゃんが手配して各地から取り寄せてくれてるんだ。まだまだ初期段階だけど、必ず薬を完成させてみせる。元気になったロウズと一緒に遊びたいもん」
 アナナスはロウズの手をとりました。
「それに、ロウズと同じ病気を患った人たちも治せるなんて素敵でしょう。あたしの小さいころからの夢なんだ」
 そう言って微笑む彼女の姿が、眩しくて仕方がありませんでした。

「本当にありがとう。アナナスになら絶対にできる。応援しているわ」とロウズは彼女の手を優しく握り返しました。
 そのとたん、急に目の奥が熱くなりました。
(まただわ)
 過去視の能力が制御できず、見たくないのにアナナスの過去の映像が次々と脳内に流れ込んできます。
 アナナスとバラ園に遊びに行った日、喧嘩した日、初めて出会った日、彼女が生まれた日……どんどん過去に引き戻されていきます。人の過去を勝手に覗くことに抵抗があるロウズは、無理やり意識を遮断しようと試みましたが、その努力もむなしく目の前には映像が流れ続けます。
 それから、アナナスが生きている時間を飛び越え、彼女の前世にまで遡りました。
 彼女の前世は立派な髭をたくわえた学者でした。彼がどう生きたのか、今までに何度も見たので結末は知っています。今のアナナスと同じようにクローディア病を治そうと薬を開発しようとするけれど、志半ばにして病で倒れてしまうのです。いつもどおり、簡素な自室の古びたベッドに力なく横たわる彼の姿が目に映りました。

 髭をたくわえた口が、小さく動きます。
「夢を叶えたかった」
 彼の頬に涙が伝います。誰にも看取られなかった彼。発せられた最後の一言はロウズにしか届きませんでした。
 ロウズはそこではっと意識を取り戻し、不思議そうにこちらを見つめるアナナスの瞳を覗きかえしました。そして、一粒、涙を流しました。
(学者のおじいさん。あなたの才能はアナナスに引き継がれているわ。きっと彼女が夢を叶えてくれるはずよ)
 ロウズは彼の魂に語りかけるようにして心の中で伝えました。
 「また視えたの?」と心配するアナナスに「大丈夫。いつも力が制御できなくてごめんね」と謝りました。
「私はやましいことなんてしてないから、平気平気。あ、でも先日キッチンにあったケーキ、夜中に盗み食いしたのがロウズにばれたちゃったかも?」と彼女が頬をかきながら言うので、ロウズはとたんに可笑しくなって、くすくすと笑いだしました。

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