■1章|5

 夕方、屋敷に帰ると、メイドたちが迎えてくれました。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
 眼鏡のメイドが義務的な口調で言います。
 耳のいいロウズは、遠くから他のメイドたちがひそひそと話す声がはっきりと聞こえていました。

「お嬢様って目が見えないはずなのに、いつもどうやって自由に移動できているのでしょうね」
「私知ってる。本当は目が見えるけど、見えないふりをしてるのよ。ほら、ご両親が事故で亡くなって、唯一肉親のお爺様も、長期出張で屋敷を留守がちでしょう。きっとかまってほしくて、そんなことをしてるのよ」
「そうなの?彼女妖精が見えるって噂だから、それに案内させてるのだと思ってたわ」
「妖精なんているわけないじゃん。この町の雰囲気に毒されすぎだよ。私の地元じゃそんなことを言ったら笑われるって」
「お医者さまから直接聞いたことがありますが、目が見えないことは確かみたいですよ。じゃあどうやって……本当に気味の悪い子」
 妖精が目の代わりになってくれているの。と言いたくなるのをロウズは我慢しました。言っても余計に不気味がられるだけなので、耳をふさぎ、心を閉ざします。
 眼鏡のメイドが車いすを押して、スロープ付きの階段を上り、3階にあるロウズの自室まで運んでくれました。ベッドに移動させ、淡々とした動作で彼女の服を脱がし、濡れタオルで体をふき、ネグリジェに着替えさせます。
「失礼します」と去っていこうとしたので、ロウズは「ちょっと待って。頼んでおいた例のもの、そろそろ見つかった?」と急いで聞きました。
「この数週間、屋敷の納屋、倉庫、地下、すべてを探しましたが黒塗りの剣は見つかりませんでした。後ほど夕食を持ってきます。失礼します」
 早口でそう言い切り、去っていくメイドにもう何も言えませんでした。ロウズは期待を裏切られたような気分になり、しょんぼりします。
「エペタム、ぜったい屋敷にあると思ったのに……」
 名家である彼女の家は、代々、教会の熱心な信者として知られていました。
 昔から教会とは親交が深く、関連の品の寄贈を受けることも多いブレア家。先祖は教会関係の品を手あたり次第欲しがり、各地から収集したという話も祖父から聞いていました。
 そんな自分の屋敷に、エペタムが紛れている可能性は十分にあると考えていたのです。しかし、現実は甘くありませんでした。これで、町のすべてを探し終えたことになります。
 落ち込むヴァッサーゴの姿を想像して、ロウズは寂しい気持ちになりました。

「ごめんね、エペタム、私の家にもなかった」
「そうだったか……仕方ない。今までありがとう、ロウズ」
 ヴァッサーゴは落ち込んだ様子のロウズに礼を言い、それから出来るだけ明るい口調で話題を切り替えます。
「それよりさ、ロウズが作ってくれたトンネル、すごい面白いよ。これで牢の中にいても退屈知らずだな!」
 トンネルとは、牢の前の垣根を、ロウズが枝でつついて穴を開けたものです。先日、ヴァッサーゴが退屈しないようにと、外の景色が見える窓を作ってあげたのでした。

 なだらかな丘の上にある教会からは町が一望でき、トンネルの穴からも、手前に墓場、その向こうに民家が並んでいるのが見えます。
 目の良いヴァッサーゴが風景を楽しんでいると、お墓に花をたむけに来た一家と老司祭が訪れました。
「いま、墓場に人間の一家と老司祭が来ている。ふむ、ちょっとこいつらの未来を視てやろう」
 ヴァッサーゴはいたずらっぽくそう言うと、黄金色の瞳をきらりと光らせ意識を集中させました。
「あの退屈そうにウロウロしてる小さい娘、1分後に水たまりにこけて、わんわん泣くぞ」
 しばらくしたらバシャン、という水の音に続き「わーん」という大きな泣き声が聞こえてきました。
 ロウズは耳を澄まして息をのみました。ヴァッサーゴは予知を続けます。
「でも大丈夫。司祭が慌てて、すぐに教会からタオルとお菓子を持ってくる。娘はキャンディー舐めてご機嫌だ」
 墓場のほうからガヤガヤと聞こえてくるので、ロウズは耳を傾け、集中しました。
 しばらくしたら泣き声が止み「司祭様、お手数かけてすみません。ほら、あんたもお礼を言いなさい」と娘の母親らしき女性が謝る声、それから「司祭さま、キャンディーありがとう」と幼い少女がお礼を言う声が聞こえてきました。
 墓場から聞こえるざわめきは談笑交じりのものになり、穏やかな雰囲気となりました。
 ロウズは「ヴァッサーゴ、あなた本当に人の未来が視えるのね」と驚きます。
 それに調子を良くしたのか彼はさらに予知を続けます。
「あと、そうだな。あの老司祭の未来は……」
 あ。とヴァッサーゴがつぶやいたので、ロウズは「どうしたの?」と尋ねました。
「いや、とくに。なんでもないんだ」と何だか、しどろもどろとした様子になったので不思議に思いましたが、ロウズはそれ以上追及しませんでした。

 数週間後、老司祭が亡くなりました。祖父と一緒に教会で葬儀に参列しながら「ヴァッサーゴがあの時、予知した未来はこのことだったのね」とロウズは思いました。
 病気のロウズのことを気遣い、いつも家にお祈りにきてくれた老司祭。昔から良くしてくれた彼が亡くなるのは、とても悲しいことでした。
 葬儀が進行する音をぼんやり聞いていると、突然、上から一枚の羽根が落ちてきました。
(私の目に映る、ということは……)
 そう思い、羽が降ってきたほうを見上げると、白い服を着た少女がふわふわと浮かんでいました。少女は髪を二つに結わえ、顔には仮面をつけ、その頭のすぐ上には、まばゆく光る輪っかが浮かんでいます。背には服と同じく真っ白な翼が生えていました。昔から教会で何度も聞いた、天使の特徴そのものです。

「もしかして、天使が司祭様をお迎えに来たの?」
 初めて見る天使にロウズは胸が高鳴り、固唾をのんで見守ります。
 仮面の少女はゆっくりと司祭の棺が置かれているであろう場所に降りてきたあと、手からまばゆく光る帯のようなものを放出しました。光がじわじわと変化し、長い棒の先に湾曲した刃物がついた形になります。
「家庭教師から教わったことがあるわ。あれは……たぶん、鎌」
 そう思いながら、見つめていると、少女は突如、目にもとまらぬ速さで司祭が横たわっているであろう場所に向け鎌を振り下ろしました。
 思わず顔をそむけたロウズでしたが、誰も騒ぐ様子がなかったのでそうっと、視線を戻します。
 次に見た少女の片手には、炎のように燃えさかる、握りこぶしほどの球体が握られていました。少女はそれを持っていた鞄の中に大切に仕舞いこみ、鎌は光の粒子となって消えていきました。
「教会で聞いたことがあるわ。あれは、きっと魂。天界へ連れていくために、鎌で司祭様の体から切り離したのだわ」
 そう考えながら、じっと見つめていると、少女と視線がカチリと合いロウズは固まりました。あちらもびっくりしたように呆然としています。
 少女は、慌てたように翼を広げ、教会の天井に向かって飛んでいきます。
 ロウズは思わず「待って」と大声を出してしまい、周囲の人々の視線がこちらに一斉に向くのを布ずれの音で感じました。
「あ、ごめんなさい」と謝りながら、また変な子だと思われたに違いない、と赤面します。
 改めて天井を見てみると、もうそこには誰もいませんでした。

「老司祭の葬儀に行ってきたのか。黙ってて悪かったな……なんだか、言い出しにくかったんだ」
「ううん。私だってヴァッサーゴの立場なら言えなかったわ」
 謝るヴァッサーゴにロウズは首をふりました。
 天使を見たことも言おうかと思いましたが、少し考えて、止めました。天使と悪魔は、仲が悪いのを知っていたので、彼にとって良い話題には思えなかったのです。
なにせ天界と魔界では何億年も戦争を続けているのですから。
 けれど、ロウズは、あの美しくてかわいらしい天使がとても気になり、また会えたら友達になりたいと思っていました。
「それにしても、未来を視たいときに視られるなんて、すごいわ」
「ロウズの過去視はそうじゃないのか?」
「私は全然駄目。上手くコントロールできなくて、視たいときにはなにひとつ視えないの」
 そして見たくないときにだけ、はっきりと見えてしまう。人の苦い過去を幾度となく垣間見たロウズは目を伏せました。
 しかし、悪魔などの不思議な存在の過去は視えないので、ヴァッサーゴには安心して接することができました。
「俺も子供のころはそんな感じだったよ。長い間生きていると徐々にコントロールができるようになってくるんだ。ロウズもあともう少し成長すれば……」
 そう言いかけて、ヴァッサーゴはふと病気のことを考えました。彼女はあとどれくらい成長できるのだろうか。思わず彼女を未来視しかけて、恐ろしくなって止めます。老司祭のときのように、万が一のことがあったら、と心が凍り付く思いでした。
 そこでヴァッサーゴは初めて、彼女に情がわいていることに気づきます。
 ロウズに友達宣言した彼でしたが、所詮、悪魔と人間。一時的な友にはなれても、真の友情は育まれないだろうと、どこかで冷めた自分がいたのです。
 ところが、ロウズはこの一カ月、ヴァッサーゴのことを大切な友人として接してくれました。アナナスから聞かせてもらった人間界の楽しい話、ロウズが体験した不思議な話や可笑しな話を一生懸命してくれました。
 どれも興味深くて面白いものばかり。心からこんなに笑ったのは何千、いや何億年ぶりだろう、と思いました。
 ロウズと遊んでいるこの時間が永遠に続いてほしいと、ヴァッサーゴは願いました。
 ですが、そういうわけにはいきません。彼女は普通の人間で、自分は不老不死の悪魔。人間の人生は、悪魔のそれと比べあっという間なのです。

 ロウズだってこのまま普通に成長したとしても、いつかは寿命でいなくなってしまう。いや、その前に、きっと時の流れとともに、自分に興味をなくし忘れていくに違いないだろう、と彼は思いました。
 またひとりぼっちに戻る日を、ヴァッサーゴは心の底から恐れました。

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