■1章|9


 さっそく円卓会議が開かれました。
 神々は様々な言葉を交わし合いますが、当然アナナスの薬に否定的な意見ばかりです。
「人々は短い寿命だからこそ懸命に生きようとし、負の感情があるからこそ、それを様々な形で乗り越えようと考え、進化し続けるのだ」
 神様たちは頷き合いました。
「死が、ましてや負の感情までなくなるなど、とんでもないこと!」
永遠に生き続け、憎しみもなく争いも起こらない。平和で幸せな世界が訪れる……そうなれば人類は何も考えなくなり、緩やかに衰退・堕落して活動停止していく危険性すらある」
「生きたまま何もしなくなる、考えなくなるということか。それは、もはや死んでいることと変わりないではないか!」
 ひとりの神が激高して手を振り上げながら怒鳴ります。アンテウォルテは彼をなだめつつ、険しい表情で言いました。
「薬を奪ったところでまた作るかもしれない」
「どうすれば良いだろうか」
 その場が静かになります。
 しばらくして、最年長の神がぼそりとつぶやきました。
「気の毒だが、アナナスや薬の詳細を知る者を殺してしまうほかない」
 無慈悲な言葉が髭をたくわえた口から放たれます。
 しかし、神々は自らが人間界に干渉し、直接人に手をくだすことを規範により禁止していました。
 ある神が「いつものように、死を司る天使であるアズリとサーリに暗殺を頼むのが良いだろう」と提案しました。
 彼らは天界では数少ない、人間を殺すことができる能力を持った天使たちだからです。今までもこのような事例はあり、そのたびに彼らは地上で人間を依代にし、忠実に暗殺の仕事をこなしてきました。
「人間界では、飽くまで人間界にいる生物の手で、ひそやかに事を済ませる。それが堅実な方法だ」
 最年長の神がそうつぶやき、会議に決着がつこうとしていたとき。ひとりだけ異論を唱えるものがいました。
「待ってください」

 それは慈悲深い女神のサティ。
 幼い彼女は唯一、この件に胸を痛め、異論を唱えていました。
 人間界に存在する生物の輪廻転生を担うサティは、他の神と違い、死者の魂の声を聞く力を持っていました。
 魂から聞こえてくる声はいつも、生に対する貪欲なまでの渇望と、人間界でやり残したことへの無念。だから、命をうばうことの重みを感じていました。
「人の世は、人に任せるべきではないでしょうか。イシアイは飽くまで人間界で起こる危機を予知しただけであって、人類の未来そのものを視たわけではありません。
たしかに死や争いがなくなる世界がくるかもしれない、けれど、その先は常に不確定です」
 会議室がざわめきはじめましたが、サティはまっすぐ前を見据え、反論を続けました。
 人々は今回の件で問題に直面したとしても、自分達の力で考え、最善の道を見出すのではないか。こちらが介入して、その未来そのものを消してしまうことはないのではないか―――
 彼女は人の可能性を信じていました。だからひとり、懸命に訴え続けました。

「人類自身に未来の選択権を」そう願うサティの訴えは徒労に終わります。
 他の神々から「危機的状況になると判明しているのに、無責任だ」とひと蹴りされてしまいました。
 円卓会議とは名ばかり。本当は大昔から序列が決まっているのです。見えないルールがその場を支配しており、その空気の前でサティは非力でした。
(病気がちな母から任を引き継いで、今の役目に就いているとはいえ、ここまで相手にされないなんて)
 悲しみにくれます。
 数日後にでも天使アズリとサーリが地上に降り立ち、アナナスや薬の詳細を知る者の命を奪いにいくことでしょう。
 『紅眼の狩人』の異名をもつ彼ら。とくに冷酷非道だと噂されるアズリに命を狙われて助かった者は、誰一人としていません。
 サティは会議が終わったあと、大好きな森に遊びに行きました。落ち込んだ時はいつもここにきて、ひとり涙をながすのです。

 裸足になって草の絨毯に腰を落ろすと、サティと仲の良い精霊たちが飛んできて寄り添いなぐさめてくれました。
 その中のひとり、精霊チップが悲しそうな彼女を励まします。
「サティさま、何があったのか分かりませんが、元気だしてください。オレはいつだってサティさまの味方ですから!」
「……ありがとう、チップ」
 いつもと変わらない流れ。
 ちっぽけな自分の力では何もできないのではないかと、無力感にさいなまれるとき、ある青年の顔がいつも頭をよぎります。
 昔に出会った黄金色の瞳を持つ彼は、自分を信じてまっすぐに行動する人でした。
 その姿に憧れ、辛いときに思い出すと、少しだけ勇気と元気が取り戻せるのでした。

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